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2021-10-15 09:46:00

読書散歩【3】アルベール・カミュ著『ペスト』 (2021/7/26)

 【3】アルベール・カミュ著『ペスト』宮崎嶺雄訳。新潮社文庫。1969年刊(197918刷)

 アルベール・カミュの『ペスト』は、長い間、うちの本棚で眠っていた。『ペスト』は昨年、コロナ禍によってよく読まれたようだ。(2018年のNHKの「100de名著」で、すでに取り上げられていて、先日再放送もあったようだ。けれども、新型コロナウイルスの感染拡大が日常性を侵食してゆくなか、分厚い『隔離の島』(ル・クレジオ著、筑摩書房、2013)は読み終えたが、『ペスト』はいまだ、眠りから目覚めなかった。

 新潮社文庫のこの一冊を、手に取ったのは、映画『アルベール・カミュ』(2010年。フランス)を観てからである。作家の晩年を描いたこの映画で、カミュという人間への興味が湧いたようだ。『ペスト』は、ナチスドイツ占領下のヨーロッパにおける出来事や人々の心の有りさまを、アフリカのフランス領アルジェリアの港町オランにおけるペスト禍に重ねるように描いたものだという。そのベースを知らなくとも、読み始めた途端に、私はその世界に引き込まれていった。思えば、ペストというと、私は中世のヨーロッパを思い浮かべていた。けれども、「194※年」という近代の話で、しかも、コロナ禍にある日本の地方都市に住む私の暮らしにも通じる回路が、そこには開かれていた。

 作者の経験に基づく文章の説得力なのか、訳者が優れていたのか、翻訳にも関わらず、読むことはひとつの経験と近しいものだとさえ感じられた。終わりが見えない極限状態のようなペストとの闘いのなかで、冷静沈着な医師リウーは、時に心を砕きながら、ともに生きている人の声に耳を傾け、その心の有りさまに思索や想像をめぐらせる。そのように、一冊の本に描かれた、異なる世界に身を置き、眠っていた想像力を働かせること。

 読み終わった後、何かの分かりやすい答えや安堵感をそこに見出すというだけではつまらない。いわば突き刺さった棘の痛みのように、読むことで心が揺り動かされる――それは読書の快感、と言っても過言ではないのかもしれない。(2021/7/26