読書散歩【6】星野道夫写文集『Aiasuka 風のような物語』(2010年。小学館)――2023年1月16日

2022年11月、巡回写真展「星野道夫 悠久の時を旅する」を見に行った。写真家星野道夫はアラスカの自然の写真集や探検記で広く知られ、1996年にロシア・カムチャッカ半島での取材中にヒグマの事故で亡くなった。その生誕70年に際して開かれた巡回展である。妻である星野直子さんによるスライド&トークショーもあり、落ち着いた館内で存分に星野道夫の世界に浸ることができた。どれか迷った末にミュージアムショップブースで購入したのは『Alasuka 風のような物語』。この写文集は『週刊朝日』で連載され、1990年に木村写真賞伊兵衛写真賞を受賞し、1991年に小学館から出版された。それほど熱烈な写真愛好家でもない私でも、かつて図書館や書店でこの本を手に取った覚えがある。それもたぶん前世紀末、まだうら若いころ。そして、今手元にあるのはその新装版で、表紙写真が変更になり、巻末に直子さんの言葉を添えて、2010年にソフトカバーで発行された、

 

 あらゆる生命は同じ場所にとどまってはいない

 人も、カリブーも、星さえも、無窮の彼方へ旅を続けている

 

という言葉で始まるこの写文集。彼の代表作は他にも多くあることだろうが、改めて読んでみて、一冊の本の中に流れている時間の緊密さというものを強く感じた。死と隣り合わせのような厳しい極北の自然のなか、生き物との、人との、そしてオーロラの空のような心打つ光景との、一期一会のような出会いと別れがそこには記されている。

この本を世に出した時、まだ星野道夫は生存していた。けれど、それから数年後に閉じられた生涯の中にこの本を置きなおした時、それは新たな光を放ち始める。写真集の終わりに近いページ、大地で苔むしてゆくカリブーの頭骨と角の写真には、こんな言葉が添えられている。「土に生まれ、土に帰り、また旅が始まる」――その言葉はすでに、死の向こう側をも見つめてはいないだろうか。40年余の一人の人間の歴史が、その死をもって大地の時間と繋がれ、ひとつのかけがえのない物語の芽を、この本を手にした人々の中へと雪の結晶のように蒔いてゆく。自然と向き合うような孤独で純粋な時間の中から生み出された写真と文章によって紡がれたその物語は、死という回路を通して別の時間に繋げられてゆく。それは彼のいう「無窮の彼方」なのか。それとも大地の時間なのか。永遠と呼ばれるものなのか。

ページをめくるたびに、かつて生きた一人の男の眼差しと言葉の翼を通して、その向こうにあるものへの不思議な光跡(航跡)が眼の前に広がってゆく、それを追体験することのできる稀有な本、なのではないだろうか。